火を熾す

冷えきった暖炉に、小さな火をまた灯せるように。風を送って、また大きな火を熾せるように。

おばあちゃんはマリリン・モンローみたいな猫と暮らしてた。

これは、
金盞花を愛でるある老婦人と
共に添うように生きる老猫の話だ。

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父方の祖母の米寿祝いをすることになり、両親共に九州生まれなこともあって、父母それぞれの実家に帰省をした。

 

 

 

これはその帰省の中で母方の祖母の家を訪れたときに垣間見た、ある日常のひとひら

 

人と動物の不思議な、そしてどこか心暖まるような。

 

この瞬間を残したい。

 

この温度を届けたい。

 

 


ーーそんな"在り方"である。

 

 

 

 

 

ーーー生き方そのものにも共感を持つもんやから....

祖母はそっと言葉を漏らした。

齢にして、それぞれ82と16。

 

互いに喧騒に溢れた社会からはそっと引退し、静かに時を刻む日々だ。

ひとつひとつを丁寧に、そっと。
一人と一匹の時間は流れてゆく。

 

 

 


ところで、この老猫、名をリクというが、水を受け皿からは飲まない。

「綺麗好きで、洗面所の流水からしか受けつけないのだ」と祖母は可笑しそうに笑う。

だから「飲ませて」と言われる度にそっとその体を持ち上げてシンクにのせてやるそうだ。

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水を飲み、用を足し、眠る。


このルーティーンを祖母は三点セットと呼ぶ。

 

「私、自分がもう年取ったから、あぁもう、この三点セットでよう頑張るなぁぁって思うんよ」

 

老猫リクは、その体が衰えてもなお懸命に、三点セットを自力で回そうとする。

そこに生きるという姿を見るのだ、と祖母は言う。

必死に、自分の面倒を自分でみようとするのだと。

 

 


もう満足にしっかりと歩けない。

お尻をくねくね動かしながら歩く。

「後ろから見てるとマリリン・モンローみたいでね」
と祖母は茶化す。


かつての敏捷さは失われ、
今までは当たり前のように飛び乗れていた棚にももう自力では、届かない。

 

 

トイレのために何度も起きる。
時には粗相もする。
清潔な水を飲もうと、流水をねだる。
食べるものも、一流のコック並みに選ぶ。

 


「一人でから生きるために戦ってるなぁって思って」

 


その姿に自身を重ねることもあるのだろうか。祖母は、たとえその世話が大変でもどこか誇らしげに話を続ける。

 

 

 


「やっぱり...あの…情っていうのはさぁ、こっちがかければ変わってくるよねぇ…」

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かつて祖母の家には他にも猫がいた。
今は亡きその猫は自己主張が強めのガッツのある猫だった。

対してリクは大人しめな、ふと気づくと、どこにいるのかもわからないような、そんな猫だった。

十数年つけている首輪もどこかの猫のおさがりだという。

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しかし今やリクは、やっとその存在を認められたかのように、毎朝早くから水をくれと祖母をおこし、ご飯をねだり、眠り、生きる。

祖母にその存在を知らせている。

借り物の首輪をぶら下げながら。


「こんなに晩年になってから、わたしもいつも寂しい思いしてるからって思うしね、生き方そのものにも共感を持つもんやから、自分に照らし合わせて、

あんたも自分のノルマを果たしよんなぁって。
そんな感じ。」

 

 

 

ルーティーン。ノルマ。

 

 

 


「だけん、それはもうそれで、協力するからねぇって」

 

 

 

 

 

協力。

 

 

 

一緒に生きる。

 

 

 


老後の日々を、ゆっくり、ゆっくり、回す。一緒に回す。

 

そこにあるのはただの飼う飼われるの関係ではない。

 

連れ添うように。寄り添うように。

 

長い歳月を生きた聡明さと思慮深さをしわにたたえ、
残された日々を共に歩む。

 

 

 

 

 

 


亡くなった猫の墓には墓標の代わりに、 金盞花が添えられている。


美しい黄色い花が、春の陽光に包まれる。

 

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窓辺から射し込む、昼下がりの光のなかに、静かに歳を召していく、

一人と一匹の姿があった。

 

 

 

 

 


これが、動物と暮らす、ということ。
ひとつの共存のかたち。

 

 

 


大切な家族と、生きるということ。

 

 

 

 

たける